【書評】『ロリヰタ。』嶽本野ばら(後編)
皆様、こんにちは。
いこいのさとです。
いかがお過ごしでしょうか。
今回は、嶽本野ばら作『ロリヰタ。』収録の短編、『ハネ』について感想を綴ります。
物語の核心・結末にふれることもあるかと思いますので、まだお読みでない方はご注意ください。
『ハネ』あらすじ
ヒロインは高校生の女の子。毎週末、ロリータファッション を身にまとい、Vivienne Westwood MANの大きな紙袋を抱えて、表参道に出かけます。彼女がひとり露店で売るのは、羽。ワイヤーで枠をつくり、鶏の羽を貼りつけ、ランドセルのように背負える天使の羽です。そして彼女自身もやはり、そんな手づくりの羽を背中につけていました。親に叱られ、近所の子供たちに「虫女」とからかわれても、彼女はその羽をつけて歩くのをやめません。なぜならそれは、最愛の人から贈られたプレゼントだったからです。
その人はクラスメイトの孤高の男子。美形で、女子たちの密かな人気の的でしたが、彼はいつでも一匹狼。誰とも親しくせず、ひたすら読書に熱中しているのです。彼に憧れ、彼のことを知りたくてたまらないヒロインは、彼の読む文庫本のタイトルの盗み見に成功します。ジャン・ジュネの『花のノートルダム』…。
翌日、さっそく渋谷の書店で同じ本を買おうとしているところで、偶然憧れの彼と出食わします。ヒロインもジュネに関心があることに親しみを覚えてくれた彼。そのまま二人は、原宿で初デートをします。ヒロインはもう有頂天です。
そしてヒロインの誕生日、彼は手づくりの羽をプレゼントしてくれます。
「君は人間から天使へとメタモルフォーゼするんだよ。その羽で」
どうせ可愛くないと自信をなくしていた自分を、天使だと言ってくれた優しい彼。感激して涙を流すヒロイン。急速に惹かれ合う二人でしたが…。
【書評】
切なくて苦しくなるような小説でした。
ヒロインの人物造形は、氏の有名な小説『エミリー 』のヒロインとよく似ています。
学校で孤立していたりいじめられていたりして、自分はブスだと卑屈になっていて、周囲に理解者はおらず、ひとりぼっちです。それでも、彼女たちには驚異的な芯の強さがあります。誰になんと言われようと、大好きな可愛いお洋服を日々身にまとい生きてゆくことは、絶対にやめない。好きなものは、他人に嗤われたって非難されたって、命がけで守り通すのです。
私はこのヒロインたちにとても憧れます。
好きなものがあっても、周囲の人に馬鹿にされると、恥ずかしいと思って大慌てでそれを引っ込めてしまう。子供の頃から、そんなふうに他人軸で善悪や可否や美醜を判断しようとし、振り回される弱さが私にはあるのです。私に限らず、そういう方はたくさんいらっしゃると思います。
彼女たちのように力強く歩めたら…と羨ましくなります。
そんなヒロインが、憧れの彼と精神的に出逢い、互いを認め合ってゆく描写はなかなかチャーミングです。手の届かない人だと思っていた彼とおしゃべりしていると、ときめきがとまりません。その様子が可愛らしいんですよね。
一方彼も、初めて心の通じ合った人であるヒロインを賛美し、とても大切にしています。彼なりの価値観や審美眼でヒロインを評価しているので、彼女が学校でどんな立ち位置か、みんなからどう思われているか、そんなことには一切頓着していないのです。思春期の友情や恋愛では、これは稀有なことではないでしょうか。
のちにヒロインは、大きな試練に見舞われます。そしてそのとき、痛みを共に分かち合ってくれる彼はもうそばにいません。
ヒロインの絶望は如何ばかりか…。
彼との絆の証である大切な羽たちは、警察官に文字通り蹂躙され、不良たちの悪質な犯罪に利用され、穢されるのです。
気丈な彼女は涙を見せませんでしたが、心は慟哭していたと思います。
ただ同時に、このくだりの彼女の声なきモノローグは、妙に冷徹で分析的です。だからこそ、凄味があります。もとより他人に理解してはもらえないという諦めと、なぜ自分が自分であるだけで迫害されなければならないのかという悲憤慷慨。その二つが激しく混じり合って、胸に迫ってくるのです。
そして彼女は、最愛の人との「永遠」を守り抜く道を選びます。たったひとりで。
私なら、違う道を選ぶと思います。私は彼女のように強い人間ではないからです。彼のことはもちろん忘れはしないけれど、自分のために、新しい世界を探そうとするでしょう。
しかし彼女は、自分のためだけでなく、彼のためにも生きたかったのだと思います。彼がいつも考え続けてきた「永遠」という問いについて、彼女が出した答えを、体現し証明したかったのではないでしょうか。
それほどすべてをかけて、彼を愛しているのですね。
でも私は、いつか彼女が、表参道に立つのをやめる日が来ればいいなと願います。
その形にとらわれずに彼を愛し続けることを見つけたり、また別の愛する人に出逢えたりしたなら、彼女はもっと深い幸せをつかめると思うからです。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。